柑橘類の後熟?


先に説明した輸入柑橘系フルーツの表面処理を行った場合、

それをしていなかった時と比べて著しい変化があることに気づくでしょう。

特にお湯まで使った処理の場合は少なからずダメージを与えているのと同義なわけですから日持ちもしなくなるので注意が必要です。

果皮に関してはピールとして使用する場合、せいぜい一日程度しかもちません。

取り回しに充分な配慮が必須になってくるわけですが、なにも手間ばかりが増えて利点が一切無いという訳ではありません。

ワックスを除去したからこそ生まれる柑橘系フルーツの活用方法を「サヰキ」での手法を例に挙げて説明してみます。

よろしければ参考にしてみてください。


まず当店では購入してきたフルーツを全て洗剤を用いて洗浄します。

念入りに、ワックスがきちんと除去できたかを確認しつつ。

洗剤を洗い流した後にさらに流水ですすいでいくとフルーツの表面からヌメリのようなものがとれ、

指でこすると「キュッ」と抵抗が感じられるようになるので比較的わかりやすいと思います。

と、次にこれを常温(やや涼しい暗所・当店の場合は棚の中)で保管します。

時期やモノにもよりますが、レモン・ライムは最低でも2日、グレープフルーツは非常にバラつきがあるので難しいのですがおよそ2・3日程度。

オレンジはそのまま冷蔵庫に保管します。

なぜオレンジ以外のフルーツにこのようなことをするかと言うと、一言で言えばより甘く、美味しくするためです、が、

誤解を生じやすいポイントなので少し詳しく。


果物の中にはクリマクテリック型果実と呼ばれる種類のものがあります。

代表的なものにメロン・キウイ・バナナなどが挙げられますが特徴としては収穫後も呼吸の上昇やエチレン排出などとともに酵素活動が盛んになり、

軟化の進行や糖、酸および香の変化が見られるものです。

追熟、あるいは後熟が可能なフルーツというわけなのですが、簡単に言えば買ってきて少し置いていたぐらいが甘みが増し柔らかくなって食べ頃を迎えるということです。

では柑橘系フルーツもそれが可能かと言えばそう都合よくはいきません。

クリマテリック型果実が保管によって糖度が増すのに対し、柑橘系フルーツの糖度はあまり変化せず、モノ自体は劣化していくのみです。

ですから厳密に言えば柑橘系フルーツを甘くすることはできないのです、が、しかし、甘く感じるようにはできます。

そもそも早すぎるぐらいの早摘みで収穫され、ワックスと農薬によって呼吸を止められた状態の柑橘系フルーツは酸ばかりが必要以上に多く、

甘みや風味に乏しい状態にあります。

これをしっかり表面処理し、適温で保管することで糖度はほぼそのままに酸味を押さえ、よりバランスの取れた状態にもっていくことが可能なのです。

酸味が減少したことで甘みが増したように感じられ美味しくなるというのは、

同じ柑橘系フルーツで言うところの冬にコタツで食べるミカンのそれと同じ理論ですね。

最初は酸っぱく感じていたミカンが数日置くと甘味が増して美味しくなった、という。

これも厳密に言えば糖度が増したのではなく酸味が減少しそれぞれのバランスがとれてそう感じるのです。

フルーツにとってはいい迷惑でしょうがいじめて弱らせたほうが美味しい、と。

さらにBarで使用するフルーツという観点から、このように保管しておいたフルーツは外皮も薄くなり、

全体的にも柔らかくなるので非常にジュースを絞りやすくなるという利点もあります。


と、以上のようにして当店で使用するにベストの状態と判断したものから冷蔵庫に入れようやく使用体制になります。

またその中から果皮も使用するものに関しては前に紹介したお湯も用いた表面処理を行うわけです。

ちなみに先に述べた当店ではオレンジのみ表面処理後すぐに冷蔵庫へ入れる理由ですが、

最近のオレンジは元から甘みが非常に強く、むしろ酸味がもう少し欲しいと個人的に思うためです。

つまりこれ以上甘く感じるようになってもらう必要がないので常温保管は不必要ということです。


一連の、すでにご理解いただけたものとして以降は「あえて後熟」と言いますが、一連の後熟の過程は冷蔵庫内のような低温下ではほぼ進行しません。

冷蔵庫に入れた表面処理後のフルーツは一定の状態を保持した後に一気に劣化するのみです。

念のため言っておきますが、もちろんこれらはまずたっぷり付着している農薬とワックスをしっかり除去した後でしかできない工程です。

がっちりコーティングされたままのフルーツでは一週間常温で放置していても変化がないどころかカラスもつつかないですからね。



追記 後熟の必要性

後熟は必ずしも必要な工程ではありません。

私は私が作りたいとするカクテルの理想、そのベクトルがイメージ的に「まるい、まろやか」であり、

ドライ系のそれにおいても「スッキリ・飲みやすい」で仕上げたいがため、

より「バランス・調和・一体感」を重視したフルーツと技法を求めるので、このような処理を施しているに過ぎません。

もし、シャープでキレのあるカクテルを目指すゆえ、後熟の過程を経ないままの鋭い酸味と刺激をあえて生かすのだと言う方がいても、

それもまた一つの選択肢として良いと思います。

これは私がオレンジに関してはそれをしないのと同様に、今回紹介させていただいたのはあくまでも目的のための手段、

その一つの方法に過ぎないのですから、理想に合わせてこの工程を実行するか否かはその人がどこを着地点とするかによるというわけです。

また、後熟させたフルーツさえ使えば何でも美味しく早代わりなどという便利な裏技でもありません。

便宜上「甘い」という表現を多用しましたが特にレモン・ライムなどは甘くなるというより酸味が若干穏やかになる程度の変化です。

人によってはむしろ味がぼやけるといったマイナスのイメージを持たれるかもしれません。

レシピの見直しも必須になりますし、それがとても大変であろうことは容易に想像が付くと思います。

ともかく、まずはご自分で試してみてから判断し、成したい目標のために正しい選択をしていただくよう望みます。



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