ボトルを愛でる
犬の飼い主が愛犬をブラッシングする。
車のオーナーが愛車を洗いワックスをかけて磨く。
自身の大切な存在には美しくあって欲しいと願い、そこにかかる労力を厭わずに行動するのは至極当然のことです。
と言っても、ただでさえ独自性の強い理論を展開しがちな当シリーズにあって、
いよいよ「サヰキ式」にもほどがある項目となりますので、興味のある方は参考程度に眺めてみてください。
今回は「形ある物としてのボトル、その取り扱い」という話。
「ボトルの名称」
今後の説明のため、まずは一般的なボトルの各部名称の確認。
「購入時の注意」
現物を確認することなく配達してもらう場合は手の打ちようもないですが、
店頭で目視して購入する場合はラベルの汚れなどに注意しましょう。
メインのラベルには普通に目もいくでしょうが、
特に気を付けたいのがショルダーから上のネックラベル(シール)の状態で、
歪んだまま固定され動かせないものも多いです。
また、シールの繋ぎ目や開封用ガイドのスタートとなるツマミがボトル正面にあるのもいただけません。
酒瓶にだって目利きは可能です。
中身が同じなればこそ外見にも気を遣う。
後々の作業で美しくしようにも、なるべく最初からコンディションの良いものを選択しておく、そう心がけたいものです。
「トップラベルを有したボトルの開封」
開けるだけなら容易いことです。
ほとんどのシールにはガイドが付いており、これに従って「ペリペリッ」と封を開ければ良いのですから。
しかしこれが最良か?美しいか?
私はこうしてます。テーマは「開ける前より美しく」
1・ボトルの末端とキャップの狭間を見切ってナイフを入れ切断します。
よく切れるナイフを用いて、コルクが使用されている場合はこれを傷めぬよう、しかしためらうことなく、
「大胆かつ慎重に」というやつです。
2・トップラベルを捨てる人のほうが多いでしょうが、わざわざ見せるべき意匠がない限り私はこれを残します。
ここは好みの問題ですのでお好きなように。
トップラベルを残すとなると、そのままで固定される場合もありますが、安定しない場合はごく少量の瞬間接着剤を用いて固定します。
臭い移りや液垂れがないよう、ほんの二・三滴で充分です。
3・エッジを立たせます。
ネックとキャップの形状に沿って角となる各所に薄いヘラ、あるいは爪を当ててシールの上からなぞり、
ディテールを際立たせてやります。手間がかかるだけで難しい作業ではありませんが、
擦り過ぎには注意。力加減が大事です。
4・完成
普通にガイドに従って開封したものと比較。どちらを良しとするかはある意味感性の問題としても、単純に綺麗じゃないですか?
「コーティングしてあるボトルの開封」
樹脂コーティングしてあるボトルの開封には何よりもまずよく切れるナイフ。
あとは経験とセンスが頼りです。
注ぎ口の境目が完全に隠れてしまっているのに加えて、
厚みと硬度が増す分、トップラベルのそれよりも難度は上がりますが基本は同じ。
すでに開封してある同系ボトルがあれば見比べられて便利でしょう。
ためらうと文字通りの「ためらい傷」が残るので思い切りも大切。
開封後にコーティングの内側に残る開封用ガイドの残骸の処理も忘れずに。
コツとしてはガイドの下ラインよりもさらに気持ち下めに刃を入れること。
注ぎ口が完全に露出するように開封できれば実際に注ぐ作業も楽になります。
「スクリューキャップの開封」
ひねれば開けられるので最も簡単なようですが、意外と曲者が混じっているのもこの種類です。
それ以前に気を付けたいのが購入時の話に戻りますが、
スクリューキャップ式のボトルはキャップとネックが同一の柔軟な金属素材で出来ているものが多く、
歪みやヘコミが珍しくありません。
これがあると修復は極めて困難なので選択できる際は注意しましょう。
と、曲者の一例としてベネディクティンを紹介しておきますが、
このボトルは紙で隠れたネックラベルの真ん中辺りに回転の基軸があるので、
そのままキャップをひねって開けるとネックラベルが中央部分で破れてしまいます。
これを防ぐには事前にキャップとネックを繋ぐピンを切断しておく必要があるのですが、
素材が柔らかいためナイフなどで押し切るとキャップ自体が変形する恐れがあるため、
小型のニッパー等がお薦めです。
このようにトリッキーなボトルもあるので油断できません。
「日常の手入れ」
ボトル磨きはどこの店でも日常的に行われている作業でしょうが、
銘柄や在庫の把握という意図を除けば、まずはボトル自体を綺麗にするために行われるべき行程のはずが、
むしろボトルを傷つけ劣化させている場合が多々見受けられます。
実際にさほど購入から時間が経ってないと思しきボトルのラベルが随分とくたびれて見えることがよくあります。
乾いた清潔な布を用いてボディーなどガラス部分をしっかりと拭いて、磨き輝かせるのはいいのですが、
問題はラベルです。
多くのラベルは紙でできており、金色などの型押しを施されたものも珍しくない。
つまり印刷物なのです。
布で拭く作業とは言い換えれば摩擦抵抗により表面を研磨する作業に他ならないわけで、
これをガラス部分と同様に紙でできたラベルに対して行なっていては、色褪せ・くすみの原因となります。
本の表紙をゴシゴシ拭く人なんていませんよね?
ラベル部分に関しては、目立った汚れが無い限り極力干渉せず、柔らかいハタキなどでホコリを落とす程度にしておきましょう。
「ラベルの浮き」
よくラベルの縁が剥がれて浮いたままのボトルを見ます。
これ自体はノリか両面テープで簡単に解決できる問題ですので放置することのないよう気を付けてもらえればいいのですが、
この症状が多発するようならば注意が必要です。
もともとの接着が甘かったり、先に述べた拭き過ぎが起因となるものならばまだ良いのですが、
並行してコルクのクラッシュが頻繁に発生しているようならおそらく原因は湿度にあります。
もしも確かめたことがないのなら一度店内の湿度を計測してみることを強く勧めます。
ラベル浮きだけなら湿度が高すぎる場合にも紙繊維の膨張やノリの融解により同様の症状は発生しますが、
一番厄介なのが、このコルクのクラッシュを伴う湿度が低いパターンです。
特に冬場など、湿度が40%を下回ると多発しやすく、そのような環境下では、もはやコルクキャップが用を成してない、
つまり品質的な管理が出来ておらず中身が劣化している可能性があります。
いずれにせよ、加湿機または除湿機による対処法しかなく、優先して解決すべき問題であることは間違いありません。。
「陳列時の注意点」
せっかく美しく仕上げたボトルも心無く棚に置いては全てが台無しです。
向きや間隔は言わずもがなですが、注意していただきたいのがネックラベルの、
特にリング式になっているそれの向きです。
正面を向けて絵になる意匠をきっちりセンターにもってくる。
実践している店を見つける方が困難とも言えるポイントですが、一度意識してみるとけっこう気になりますよ。
こちらはバラバラ 意匠を正面に向ける
そんな細かいことと言われそうですが、そんな細かなところまで当然のように配慮できるからこそプロ、と私は考えます。
何よりもバーテンダーとしてボトルには愛情と敬意をもってこれを取り扱うよう、切に願います。