Barの語源


そもそもBarって初めから誤解されているんですよね。

まずはこんな話からしてみましょう。

Barの語源についてバーテンダーに訊ねると、


「アメリカの西部開拓時代、だいたい1800年代頃に酒場を指してこう呼び始めたそうです。

 当時の酒場では樽から酒を注いで売っていたのですが、勝手に自分で注ぎ飲もうとする不埒な輩がいて、

 これを防ぐために酒樽と客の間にバー(棒)を置いたのがきっかけとか、
 
 乗ってきた馬を繋ぐために店の外にバー(棒)があったとか、諸説様々ですね。

 いずれにせよ棒(バー)がその由来で、カウンター下に足掛け用のバー(棒)があったりするのもその名残です。」


といった解答が返ってくればおおむね上出来でしょう。

よく勉強していますね、と言いたいところなんですが、Bar業界ではこれが教科書通りの模範解答としてすっかり常識となっていますが、

ここが間違いとは言わずともズレていたとしたら面白くありません?

先の解答は言語的な由来としてはまぁよいのですが、

実はですね、日本以外の国ではBarのカウンターのことをBarと呼ぶのです。

逆にカウンターという言葉はほぼ使わないと言ったほうがいいでしょうか。

今も昔もそうです。

現代でも「カウンターで待ってるぜ」を訳すと「I'll wait you at the bar」で正解なんです。

「カウンター席とテーブル席、どちらがよろしいですか?」は、「Would you like to sit at the bar or a table?」

この事実をふまえて今一度歴史を紐解けば色々と面白いことが見えてきます。



西部開拓時代のアメリカでBarという名前が使われるようになったのは確かのようです。

ではそれ以前には酒場なるスペースは無かったのか、あるいは何と呼んでいたかと言えば、

この辺のことはものの本を調べれば詳しく書いてありますが、「サルーン」とか「タバーン」とか言われる、

宿泊施設兼飲食店舗といった規模こそ小さいですがホテル的複合施設があり、

場合によっては売春斡旋業や賭場といったちょっと物騒なおまけまで付いてくる充実し過ぎなまでの店舗が存在していました。

それらを一気に押しのけて酒場のみに特化したBarがいきなり出来たかのような誤解をしがちですが、

最初期のBarとは、この「サルーン」や「タバーン」の中にできたカウンターのことを指しているのです。

正確に言うとカウンターを使用した調理・接客システム、ややこしいので以降「カウンターシステム」と呼ばせていただきますが、

Barとは唐突に誕生した酒場に替わる新語ではなく、この時発明されたカウンターシステムでお酒を飲める設備それそのものの名前だったのです。

今や当たり前に普及しているカウンターシステムですが、よくよく考えれば非常に画期的かつ優秀な設備なんですよね。

ともすればただのデッドスペースともなりかねない壁に棚の一つもあつらえて、いや、なんでしたらそれすらせずとも、

カウンター1つ設置するだけでその上に商品を置くことも可能とし、そこでオーダー聞きから調理・配給・そしてそのまま飲食、

おまけに接客、果ては会計から片付けまで、酒場に限らずおよそ飲食店に必要と思われる最低限必要なあらゆる業務を、全てこの小スペースでこなせてしまうわけです。

そんな物、もっと昔からなかったの?と言われると、正確には分かりませんし、ひょっとすると近しい物は存在していたかもしれません。

それこそ商店に据えられ物品の受け渡しや勘定に使われていた「カウンター」なる設備はこれの始祖なり元祖と呼べるでしょう。

しかし、基本的に飲食物を提供する店で、調理場と言うよりもはや作業台そのものの前に客を座らせるなり立たせておいて、

そこでそのまま飲食をさせるような形態というのはやはり失礼というか、それまでの価値観で言えば褒められたものではなかったはずです。

常識的に西洋ならば椅子とテーブル、日本でも座敷に上がるなり、それが屋外の屋台のようなものでも、脇のほうに腰掛用の長椅子ぐらいは用意して当然です。

ではなぜこのBarなる規格外の飲食スタイルが受け入れられたかは次の項で語らせていただくとして、

とりあえずはテレビドラマ等の受け売りで椅子に腰掛けてテーブルで食事をする侍や、カウンター席で飲んでた町人が居たなんて思わないでくださいね。

あんなものは当時存在していないはずのオーパーツですから。

まぁ、そう難しく考えなくとも、カウンターシステムこそがBarそのものである、という事実のみ頭に入れていただき、

ちょっと以降の歴史を再確認してみましょう。

マニュアル本にそってこれを辿っても、アメリカで誕生したBarはその後ヨーロッパ、主にイギリスやフランスに渡り発展したとありますが、

従来通りBarが酒場を表す業種名、カウンターはそこにあるテーブル代わりの台として考えたままでは、

いかにもヨーロッパで次々とBarという酒場ができたように思いがちですが、

実際にその最初期、ヨーロッパにできたBarとは、主に既存のホテルやレストラン等の一角に設けられたカウンターシステムを指しており、

これはその辺りの資料に目を通せば明白な事実であると確認できます。

バーテンダーが勤めてる店がBarとは限らず、Bar(カウンター)があればそこはBarと呼称され、

Bar(カウンター)の中に居る人だからバーテンダー。

有名なスタンダードカクテルの多くは考案者がバーテンダーと紹介されているのに、その多くはなぜかBar以外の店に勤めていたと記されている事実。

19世紀から20世紀にかけての文献や資料を眺めて不思議に思っていた方もこれでスッキリされたのではないでしょうか?

つまりBarとはカウンターシステムそのもの、あるいはこれを有した店舗か店舗内のその一角を指して使う名称、という訳です。



振り返るとやはり問題点は、日本ではBarを酒場か棒、カウンターはカウンターとして訳し伝わってしまった経緯と、

現代においても欧米・英語圏ではカウンターとは作業台や机に類似するものを言い、

日本でカウンターと呼称する板こそをBarと呼んでいる現実を、Barの歴史とは別物扱いし続けていたことにあるようですが、

冒頭の質問、「Barの語源って何ですか?」に対する答えとしては、

「語源も何も、今も昔も西洋では細長い形状の物をして全てBarと呼ぶんです。

 日本ではカウンターと呼ぶこの板そのものがBarでして、

 Barで飲める店の名がそのまんまBarなんです。」で良いのです。

もう少し、酒場としてのBarについて説明が欲しい方にはこう解説してみてもいいかもしれません。

「カウンターの本名こそがBarなのです、

 だけではここまで世界中にBarという形態が広まることは無かったでしょう。

 このカウンターというシステムは非常に良く出来ており、

 酒とそれを扱う者、バーテンダーさえ居て、

 そこにお客様が来て頂ければ板一枚という無駄の無い洗練された空間の中、

 最も近くにあっておもてなしができる、最高の酒場になります。

 その内のどれ一つ欠けることなく揃って、初めてBarと呼ぶのですよ。」

 



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