匂いを守る、臭いを防ぐ



種類にもよりますが、酒の魅力はその大半が香りにこそある、そう言っても過言ではありません。

お客様に提供するグラスには届けるべき匂いがあっても、それを妨げる臭いがあってはいけない。

そのためにもBarという空間に必要の無い臭いは極力排除するよう、日頃から努めなければなりません。

ここではエアコンのフィルター清掃や換気、あるいは最も事の原因となりやすいシンク廻りに関する話などは、

あえて説明する必要も無い常識的な項目として省略し、

個人的な経験として他店様にお邪魔させていただいた際、気になることが多かったポイントを中心に説明してみましょう。



「臭いに匂いを被せない」


「におい」とはすなわち物質です。

何かしらの「におい」がするという現象は、その発生源となる場所から漂ってきた微粒子が、

鼻から吸引され嗅覚を刺激しているということです。

ですからまず前提ですが、「におい」をコントロールしようとするならば、その発生源をいかに制するかを考え、

適切な対処を行わなければなりません。

つい手軽な方法として消臭剤や芳香剤を使用して誤魔化しがちですが、これでは根本的な解決にはなりません。

特にスプレータイプの商品やお香などのアイテムは、トイレなどの密室を除いて、

酒などの商品やグラスの保管の役割も成すBarという空間では極力その使用を避けるべきです。

最悪の場合、悪臭とお客様の好みを無視した芳香成分が混じり合い、余計に不快感を煽ることにもなりかねません。

言ってしまえば元より強くした新しい臭いをさらに付着させる行為です。

たとえそれが無香料の消臭剤であっても散布するタイプであれば、それなりの粘度を持つ物質を店内にばら撒くわけであって、

漂った粒子がお客様の口にするアイテムに着く可能性は否定できないのです。

においの上書きをするのではなく、においの消去を目的として行動する。

これが基本です。



「店全体の臭い」


まず、店内に漂う臭いの原因として考えられるのが店にある調度品も含め、店内それ自体が臭いの発生源となっているケースです。

床やカウンターなどの掃除は日頃から心がけていても、見落としがちなのが、壁・天井・建付け家具といったその他の内装です。

特にクロス(壁紙)を使用している場合、その表面には臭いの元となる物質が付着しやすく、

これらに潜むカビや染み付いたヤニなどがその発生源ということが多々あります。

一言で言ってしまえば日頃の清掃が「やっている」ではなく「出来ている」のであれば、

そもそも臭いの問題など発生するはずもないのですが、

つい床にしてもカウンターや酒棚にしても、水平に位置する「面」のみを気にするばかりで、

常に目線を下にして目視できる範囲の掃除に執着しがちです。

店全体を「箱」と捉え、この中全体の清掃を徹底するという感覚は意識しなければなかなか実行されません。

普段の清掃はホコリや汚れを取り除くだけが目的ではなく、臭いを除去する役割もあるのだと考え、

「掃く・拭く」といった感覚だけではなく、「洗う」という概念を意識したいものです。

よほど特殊な造りでない限りは、洗剤を用いた拭き掃除の後、水拭きと乾拭きをするだけでかなりの効果があります。

もし可能であれば、蒸気洗浄器具などの投入も検討してみてください。

この器具は、洗浄能力の高さもさることながら、

床にしてもカーペットを使用している場合や、椅子やソファー等、布製の素材を用いている場合、特に有効です。



「店外からの臭い」


代表的な例が排水口です。

水廻り(シンク等)のそれには注意がいっても、

カウンター内の床やトイレに設けられている排水口には触ったこともないという店が結構あります。

一般的に一口タイプのウォータートラップ型が多いと思いますが、

この設備は常に水を張っている状態で初めて効果を発揮する構造になっています。

    

水の無いウォートートラップは配管が剥き出しの状態と同義であり、管を伝って来る店外からの臭いや害虫の侵入に対して無防備です。

蓋を開けこまめに水を注いでやりましょう。

環境にもよりますが週に一度程度は給水し、月に一度はパイプ用洗剤などを用いて洗浄することを推奨します。

物件によっては蓋の開閉も不可能なうえ、ウォータートラップの機能もなく、

管の先にS字トラップがあるかも判らないような「ただの排水口」もあるでしょうが、

改修による抜本的な解決が不可能でも、先の例と同様にこまめな注水と清掃は必須です。

加えてこれに最悪、布でも良いので蓋をして害となるモロモロの侵入を防ぐようにしましょう。




「グラスの臭い」

個人的に声を大にして訴えたい項目です。

まず、グラスを拭くための布、「グラス・タオル」あるいは「グラスター」。

これを使用しないBarはほぼ存在しないでしょうが、洗剤臭い店が多過ぎます。

だいたいの店では定期的に持ち帰り、家で洗濯しているというのが現状でしょうが、

衣服と同様に、場合によっては香りの強い柔軟剤まで使って洗濯されたおかげで、

洗濯洗剤の臭いが強く着いたグラスターになってしまい、これでそのままグラスを拭いた結果、無駄にいい香りがグラスに移り、

提供されたドリンクが台無しといった場面に遭遇した回数は私自身決して少なくありません。

せっかくのお酒がフローラルの薫り、では興醒めです。

気にしたことも無かったという人はすぐに店のそれをチェックし、意識を切り替え早急に対処しましょう。

要はグラスターに臭いが着かなければ良いのですから、無香料洗剤を使うなり、通常の洗濯洗剤を使用しても後に香りが抜けるまで、

手洗いをするなり充分なすすぎを行えば大丈夫と、その対処法は簡単なものです。

ちなみに当店では洗濯機に残った洗剤の移り香も考慮して無香料洗剤使用の清潔なコインランドリーで洗濯しています。

当然のことですが、これで無臭のグラスが100%約束されるという訳では無く、

グラスの洗浄に使用する洗剤自体も無香料の物を使用したほうが良いですし、これも当店では実践しています。

そこまでしてさらに、最終的には自分でグラスの匂いを確認して下さい。

しかしながら、お客様の前でグラスを嗅ぐ行為はあまりスマートなものとは言えませんので、

開店前やノーゲストの内にチェックする習慣を身につけましょう。



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