番外編・カップラーメン



梱包と配送、陳列と保管を主たる目的としながら、調理器具の役割までこなし、

いざ実食の際にはそのままドンブリの機能を果たす優れた容器の中には、

お湯というワンアイテムの投入のみで完成に至る保存性に優れた麺と具材と調味料の全てが収められている。

「カップラーメン」こと正式名称「即席カップめん」とは実によく考えられた商品です。

バーテンダーたるもの日頃から己を磨き高める修行の一貫として普段の飲食にもこだわりたい所ですが、

いかんせん時間的・経済的理由からこれのお世話になるという方も多いでしょう。

しかし、たかがカップラーメンとあなどってはいないでしょうか?

どうもカップラーメンと真剣に向かい合い、きちんと調理し食しているバーテンダーは実に少ないように思えます。

今回はカップラーメンの作成時における注意点とポイントを説明してみましょう。



0、はじめに

まず、前提として今回作成するカップラーメンは初めて購入、初めて食べる物であると仮定し、一切のアレンジは禁止します。

一番重要なのは目の前のカップラーメンに込められた製作者の意図するベストの状態を具現化し、

彼らが我々に届けたかった味を忠実に再現して美味しくいただくことにあります。

これに成功し、開発者の意思と商品の意図を理解したうえで、二度目からの実食に関しては、各々の自由とするところですが、

いきなり固めが好みだからといって指定してある調理時間より早く口にするだとか、

濃い味が良いからとお湯を少なめにするなど、

彼女が作ってくれた料理に対し、食べてみる前からいきなり醤油やマヨネーズをかけてキレられるかのようなデリカシーの無い行為は慎んでください。

今ここにあるカップラーメンの全てを引き出す、その一点に集中しましょう。



1、開封からお湯の投入まで

具体的なサンプルがあるほうが分りやすいと思いますので今回は、

エースコック 博多でみつけた「背脂とんこつラーメン」を例に説明を進めたいと思います。


赤を基調としたパッケージが食欲をそそる

博多ラーメンの特徴たるストレート細麺を再現すべく、

記載されている調理時間が他のものと比べて非常に短い90秒であるという点を除いてはごく一般的なカップラーメンと言えますが、

それゆえに他商品とも共通するいくつかのポイントをバランスよく内包しているため、今回はこちらを選ばせていただきました。

それではさっそく調理に取り掛かりましょう。

まず最初にすべきは「つくり方」なるガイダンスを熟読し完成までの段取りを頭の中に思い描くことです。

なんとなく行き当たりばったりで作らないように。

ましてや先入れの小袋と後入れのそれを混同したり、面倒だからと何もかも初手から全てを放り込むような暴挙は許されません。

説明にしたがって正しい順序で事を粛々と進めていくことが何よりも重要なのです。

さて、完成までの設計図が浮かんだら早速実行です。

フィルムを破りフタを半分ほど開け、中から小袋を取り出します。

今回の場合、先入れの「先行かやく」「粉末スープ」の2つに、後入れの「後入れかやく」「液体スープ」「紅ショウガ」の3つ、

と、最近の商品によく見られる傾向ですが、多くの、実に合計5つもの小袋がありますので全てを取り出し、この内、先入れのそれ2つを開封し投入します。


コナミコマンドも驚きのオプション数

投入時のポイントとして、茹でムラを防ぐため浮力の大きな「かやく」は麺を持ち上げてその下へ、

「粉末スープ」は同様に入れると底でダマになってしまう可能性があるので、上からかけて軽く容器を揺すります。

固形は下に、パウダーは上から、と覚えておきましょう。

後は沸騰したお湯を、これも重要ですが沸騰したお湯と記されているなら、

ポットで保温状態のものではなく、今まさに沸いているお湯を勢いよく注いでください。

投入が完了すれば蓋を戻して時間を正確に計ります。

そして、ここから本当の戦いが始まるのです。


2、罠

ここまで来れば90秒後がゴール、とそう考える方が非常に多いと思いますが、大きな間違いです。

カップラーメンに記されている時間とはただの通過点に過ぎません。

今回の場合、ガイドに沿って忠実に作成すると、90秒後からさらに「後入れかやく」と「液体スープ」の二つの小袋を開封、

ならびに投入、くわえて「よくかき混ぜ」たのち、最後に「紅ショウガ」までも開封・盛り付けてようやく終了。

それら全ての工程を完了させたまさにその時、カップラーメンは完成を迎えるのです。

先に述べたように最近の商品は小袋が非常に多い場合が珍しくなく「お召しあがりの直前に」という大きな壁にぶつかる可能性が高いのです。


この3袋がドラマを生み出す

そして、ここで最も重要なのは、開発者はいったい二つの小袋の開封と投入と攪拌、

さらに一つの小袋の開封とトッピングにどれほどの時間がかかると想定しているかを読み解く力です。

おそらくは膨大なデータを基にして日本人の平均タイムより導き出された答えが存在するはずです。

すなわち90秒とは、このカップラーメンの真の食べ頃から、

実食までに必要な残りの工程にかかると思われる時間「X」を引いて表示された暫定時間にすぎないわけで、

むしろこの90秒経過したこれからこそが本当の調理の始まりであると言えるでしょう。

ですが、勘違いしないでください。

バーテンダーはその業務内容からもこの手の作業に関して素早くこなせる方も多いでしょう。

それでなくとも手先の器用な人であれば苦もなく仕上げられる楽な工程です。

しかし、これに関しては早ければよいというものではありません。

カップラーメンとは老若男女が食す、いわば国民食です。

求められるのはあくまでも「普通の時間」、ガイダンスには書かれていない「真実の時間」で残された工程を完遂することです。

そしてここからは、少々無責任に思われるかもしれませんが、個々のセンスとイマジネーションの問題となります。

以降はあくまでも私なりの答えであり、起こりうる一切の事象に関しては、その責任を負いかねますのでご了承ください。



では私の想定した各小袋にかかる所要時間ですが、

「後入れかやく」の開封と投入に4秒、「液体スープ」のそれに9秒、「よくまぜる」に7秒、

最後の「紅ショウガ」で8秒、合計28秒と設定しました。

個人的には一般人が本気で全工程を完遂するならばもう少し時間がかかりそうな気もしますが、

残念ながら現実的には多くの人が適当に仕上げてしまうであろうと仮定していることさえも、開発者は織り込み済みと読んでの結論です。

そんな中、それでも幾分「液体スープ」と「紅ショウガ」のタイムが長く感じられるかもしれませんが、

根拠としましてまず「液体スープ」ですが、さすが「濃厚な味わい」を謳うだけあって非常に多くの油脂を含んでおり、

仮に調理中の蓋の上で温めたにしても90秒という短さではとても融解しきれないほどです。

「液体スープ」といえば味の根幹、袋に脂が残った状態、これを多くの日本人が気にしないでしょうか?

おそらくは手、または箸を使って執拗にしぼり出すのではないだろうか?との推理に基づきやや長めにしました。

一見簡単そうな「紅ショウガ」も実際に開封してみると分りますが、水分を含むため袋の内側に付いてしまい一気に全てを投入するのは至難の業です。

ましてや透明な袋に赤いそれが残っている様を無視できる人間は少ないと踏みました。

よってこれもまた長めに設定したわけです。

90秒プラス28秒の合計118秒が私の導き出した答えです。



「118秒」。

この時間こそが「背脂とんこつラーメン」の開発者が想定した、完璧なる完成を実現させる唯一の、そして隠された真実の(とき)であり、

このカップラーメンの最も輝く絶頂にして求めていた至福の宴、その始まりの瞬間であると私は信じています。


それでは「いただきます」。


その瞬間は118秒。
神々しい光をまとい、今、カップラーメンはカップラーメンを越えた存在へと昇華する





後記・魔法

今回の「液体スープ」の袋は「マジックカット」でした。

マジックカット・・・「こちら側のどこからでも切れます」と甘い言葉で誘っておいて、

その実、そこそこの確立で裏切られることも珍しくありません。

場合によってはむしろ「こちら側からはどうやっても切れない」魔法でもかけられているのではないかと疑うほどです。

対処法としてハサミやナイフを用いることは容易に思いつきますが、私はそんなものには頼りません。

それは、お湯以外の、ましてや一切の道具を必要とせずとも完成に至るとするカップラーメンの存在意義にも関わることと考えるからです。

カップラーメンとしても屈辱的なことでしょう。

しかし、この手の事故が頻繁に発生するのもまた事実。

願わくば、マジックカットの性能向上を実現してほしいものです。


甘い言葉に騙されてはいけない
余談だが私はここに描かれている謎のキャラクターをパチパックマンと呼んでいる



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