スクイザー don't スクイーズ
柑橘系のフルーツからジュースを採る場合、多くの店でスクイザーを使用していると思いますが、
その使用法となると、きちんとした配慮と技法が生かされているBarというのはとても少ないのではないでしょうか。
最近では非常に高性能なものも多いので比較的大きなオレンジやグレープフルーツなどは電動式のスクイザー、
というより電動ジューサーなどでもよっぽど力任せに押し付けるなど下手をしなければ充分に美味しいジュースが採れますが、
これだけではどうしても対応しきれない、特にレモン・ライムなどを絞る際に使用するごく一般的な手絞り用小型スクイザー。
今回はその使用ポイントを紹介します。
まず、フルーツの各部位を「ジョウノウ」だの「サジョウ」だのといった専門用語で書くと分かりにくくなるので、
ここではレモンを例に挙げて、黄色い皮の部分を「果皮」、その内側の白い繊維質を「白皮」。
実際に「果汁」がつまった実を「果肉」。
と、それを包んで「房」状に分けているのが「膜」として話を進めていきます。
では早速レモンを絞ってみましょう。
レモンを横半分にカットしたら、スクイザーに当て、親指・人差し指・中指の三本、ないしは手全体で掴むように包み、
上からも側面からも力を加えつつ左右にグリグリ・・・。
これが良く見る普通の絞り方ですが、これでは抽出した果汁に香りもつきますが苦味やエグ味も出ます。
原因は中の繊維をことごとく破壊したあげく内側から外側の果皮まで到達したスクイザーによってレモン全体を傷めているからです。
また、レモンを掴む手そのものに力を加えすぎているために、果皮の表面にある直径1mm程度の球形の油胞を破壊し、
香り成分を含むリモネンをはじめとした精油が垂れ出てしまっている証拠でもあります。
一言で言えば強引に絞り過ぎです。
苦味やエグ味はともかく香りは強いほうがいいだろうという方が多いでしょう。
カクテル作成に用いるジュースの根幹的な定義に関わることですが、
そもそもレモンやライムの果汁自体に香りはほとんど含まれていません。
香りはそのほとんどが皮の部分に含まれている成分であり、芳香性は良いもののジュースに溶け込むと非常に苦くなります。
カクテルレシピにあるレモンジュース、あるいはライムジュースとは、フルーツ由来の爽やかな酸味をもつ液体材料ということであって、
苦味や雑味はもちろん、香りも主張するほどには必要ない、
むしろ香りが充分に含まれすぎているジュースは味そのものはもちろん、そのカクテルの存在意義まで捻じ曲げてしまう、と私は解釈しています。
だからこそ香りが必要な際のためにピールという手法があり、それ自体にも工夫が必要なわけです。
正直これまでそういう観点でレシピを眺めたことがなく、ギムレットとジンライムの違いが材料的には明確でなかったとか、
サイドカーにレモンピールをしてもいいのではないか、などと思っていたバーテンダーの方は、
そのレシピが示すところはいったい何を生かすべきカクテルであるのかを、これを期に見つめ直してみるのもいいでしょう。
と、小難しいことを論ずるよりも以下に説明する方法を試してみて、得られた果汁を一度比較してみてください。
ではあらためてレモンを絞ってみましょう。
まずレモンを横半分にカットするのですが、力が均等に加えやすいよう「頭」の突起が大きい場合は前もって落としておきます。
用意ができたらレモンをスクイザーに当て、手の腹、または手の平の中心を使って真上からジワっと押し込みます、(写真1)が、
以降、常に注意すべきは決して果皮と白皮を傷めないよう、特にスクイザーが直接白皮に接触しないよう力加減を意識することです。
白皮は正確にはアルベトという繊維で、これ自体は無味無臭なのですがしばし置くようなことになればアクの原因になり、
せっかくの果汁に余計な雑味を加えることになりますし、
白皮さえも傷めずにジュースが絞れれば、必然的に内側から果皮を傷めてしまう事態を避けられます。
言うまでもなく果皮に触れている手、そのものの力加減も重要です。
写真1・じわっと真っ直ぐ押し込むように。
さて、押し込んだレモンの中心はスクイザーが進入した分だけ房が潰れていますが、(写真2)
写真2・ただいまこんな状態
これにより生じた隙間を利用すべくスクイザーに刺さっている状態からレモンを少し浮かせて、
手前を少し持ち上げるようにしつつ、やや斜めに固定し、スクイザーのカーブとレモンの内側のカーブが並行になるようにして、
さらにこの二つの曲線に合わせる様に手を添えます。(写真3)
写真3
わかりやすくちょっと手を浮かせてみるとこんな感じ、スクイザーとレモンの内壁と手のカーブが同じ曲線になるように
断面で言うと、スクイザー・果肉・白皮・果皮・手と並んでおり、このうち果肉以外はカーブが揃った状態な訳です。
ここから白皮と果皮にダメージを与えずに膜に包まれた中の果肉のみを潰すつもりで、手で押し込むように力を加えていきます。(写真4)
手前の果皮と白皮を越えて果肉のみを潰すのは難しそうですが、実際のところ果肉が一番柔らかいので力加減さえ間違わなければ意外と簡単です。
別項で説明した「後熟」の処理もしておけばより効果的でしょう。
写真4・断面図。スクイザーと白皮・果皮・手の間にある果肉のみを潰す感じで
さて、果肉を潰しきり果汁を得たら、またレモンを少し浮かして、左右どちらでも良いのですが回してずらし、カーブを合わせ押し込む。
浮かせる・回す・合わせる・押し込む、以降これの繰り返しです。(写真5)
決して回す時に絞るのではありません。
あくまでも果肉だけを押し潰していき、房単位でそれをずらし、隣の房、隣の房、と移動させていくだけです。
写真5・赤の範囲を絞ったら浮かせて回し、次は白、次は青・・・
この方法で絞ったレモンはもちろんそのジュースの仕上がりが違うはずです。
香りは穏やかでフレッシュな酸味を持ちつつ刺々しい雑味が抑えられて、いるはず・・・、
ですがこれは私が先入観を植えつけてしまっても仕方がないのでご自分で確かめていただくとして、
目に見えて異なる点では、絞り終えた後の膜と白皮・果皮の状態が、
余計なダメージを受けていない様はお分かりいただけると思います。(写真6)
感覚をつかむまでには多少の慣れが必要ですが、そう難しいことではないので、ぜひ試してみてください。
写真6・倒れた膜を起こして確認。
白皮、果皮はもちろん膜にもダメージを与えず果肉のみを潰せるようになろう。
冒頭でも触れましたが、オレンジやグレープフルーツに関しては電動のそれでいいというのも、
それらの機械は力点がフルーツの内側にあり、回転する力のみで果肉だけを粉砕し果汁を得られるので、
へたに果皮を傷つけて、余計な雑味は出にくいからというわけです。
もちろんフルーツ自体を支える手に余計な力を加えないのが前提です。
私個人が考えるこの手の柑橘系フルーツを一番美味しく絞る方法は、果肉以外の全てを取り除いたそれをサラシに包んで手で絞る、
という方法ですが、いかんせん手間とコスト、かかる時間を考えるとチャージも頂かず一人でやっている当店みたいな店でなくともあまりにも非現実的です。
スクイザーを使用するジュース絞りとは・・・、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、
果皮も含めた全てを残したままに美味しい果汁のみを得ようという、言わば都合の良い手抜きなわけです。
しかし、その中でも工夫と努力を怠らず、理想を目指す姿勢、これを崩さなければ充分に満足のいく結果は得られるでしょう。